18世紀の有名な哲学者であるニーチェの若い頃のエピソード

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ニーチェは19世紀でも有名な哲学者の一人です。
彼が生まれたのは1844年の10月で、亡くなったのは1900年の8月です。
亡くなった時の年齢は55歳であったので、それほど長命ではありませんでした。

現在のドイツで生まれた哲学者ニーチェ

彼は現在のドイツで生まれた哲学者ですが、彼が生まれた当時はプロイセン王国の領土でした。
彼は王国内のザクセンという地方で生まれて、父親は地元で牧師をしていた人間です。
彼の誕生日はプロイセン国王のフリードリヒ・ヴィルヘルム4世と同じであったことから、彼の両親は彼にフリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェという名前をつけます。
彼には兄弟がいて、一人は彼と2歳年の離れている妹のエリザーベトです。
その2つ下にはルートヴィヒ・ヨーゼフという弟もいて、これらの兄弟とともに、彼は少年時代をザクセンで過ごしています。
彼の人生で一番初めの大きな出来事は、彼が4歳の時に起こりました。
この年に彼の父親は不注意から転倒してしまい、頭を強く地面に打ち付けてしまいます。
このときの怪我が原因となって、父親は彼が5歳の時に亡くなってしまい、彼は幼くして頼れる父親を失ってしまいました。

彼よりも年の若い弟のヨーゼフを亡くす

それから1年後にも彼の家庭には予期せぬ不幸が起こりますが、この時亡くなったのは彼よりも年の若い弟のヨーゼフです。
ヨーゼフはけいれんを起こして死んでしまいますが、歯の病気が原因でけいれんになったと言われています。
父親を失ったことでニーチェの一家は暮らしていけなくなったことから、祖父母のつてを頼ってナウムブルクという町に移住しました。
この町で彼は地元の小学校に入学するのですが、初めは公立の小学校に通っていました。
ですが、彼がこの小学校に通っていたのは数年のことで、しばらくすると私立の学校に転校してそこでさらに専門的な勉強を始めます。

小学校のころからいくつかの有名なエピソードを残している

彼は小学校のころからいくつかの有名なエピソードを残しているのですが、その中でも彼の人柄をあらわすエピソードとして紹介されることが多いのが、彼が公立の小学校に通っていた当時の話です。
ある日小学校の生徒が学校から帰る時、急に雨が降ってきました。
濡れるのを嫌がった子供たちは急いで帰ろうとするのですが、彼だけは濡れるのも気にせずに、急がないで雨の中を帰りました。
彼は頭の上にハンカチを乗せていただけだったので、非常に雨に濡れてしまったのですが、そんな時に彼の前に現れたのが、心配して迎えにきてくれた彼の母親です。
雨に濡れている彼の姿を見た母親は、なぜ走って帰ってこなかったのかと彼に問いただしましたが、その時に彼が母親に言った言葉は、非常に彼らしいものでした。

雨の日まで濡れるのを気にせずに学校の校則を守るニーチェ

それは、彼の通っている小学校の校則に、「家に帰る時には走って帰らずに静かに帰らなければいけない」という決まりがあったからでした。
雨の日まで濡れるのを気にせずに学校の校則を守るというところが、彼の生真面目さを表している一方で、融通が利かない一面もあらわしていると言われることが多いエピソードです。
その後彼は地元のギムナジウムに進学しますが、ギムナジウムとは日本の中高一貫校のような教育施設のことです。
この学校で彼が得意だったのは国語の授業と音楽の授業です。
この学校で優秀な生徒として評判を得た彼は、近所にある学校からも知られる存在となり、ドイツでも有数の名門校として知られる学校も、彼の存在に注目するようになります。
この名門校は彼を特待生として受け入れることを申し出て、彼はこの申し出に応じたため、家族と離れ勉学に励むことになります。

まとめ

後の哲学者としての彼の活躍は、この学校での勉強が土台になっています。
彼はこの学校でギリシャやローマの古典など、多くのことを学びました。

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