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中野裕弓
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<<シンクロニシティ>>

シンクロニシティには段階があります。
 先日、友人が近況を話してくださったときのこと。 最近彼女はいろいろシンクロニシティが続いている、これは何か人生の波に乗ったに違いないとのことでした。
シンクロニシティとは共時性のこと。それは”一見関係のない事柄のようだけれど深い関連性がある意味のある偶然のできごと”なのです。  
例えば今度の休日新しく出来たあのお店に行こうと思ったら、翌日その割引券が手に入ったとか、あの映画見たいなぁと思っていたら、ちょうどその分の時間だけ空いて、それも映画館が目の前、 あの人どうしているかなぁと今朝思って家を出ると、お昼休みにその人にばったり・・・どれも単なる偶然、ラッキー!と片付けられるような出来事、慣れていないと シンクロニシティと認知することを見逃してしまいやすいことなのです。

 
中野裕弓写真

 たとえばこんな感じ・・・・

 Aさんは久しぶりにいとこのうちに遊びに行った。いとこがしていたビーズの指輪 がとっても素敵だった。それを褒めると、なんとそれは5年も前に彼女が友人の紹介でいくつか買ったビーズの指輪のひとつで、いとこにひとつあげたものだったが、本人はそれを忘れていた。 
最近、ビーズアクセサリーが気になり、自分も作りたいなぁと思っていた矢先だった。 
友人の紹介のお店はもうクローズしてしまっているらしい。でもたまたま美容院にあった雑誌にそのビーズデザイナーが特集されてい た。 移転した新しいお店の連絡先を控えて帰宅してから即、電話を入れてみた。
そこにはいつも常駐していないそのデザイナーがたまたまそこにいて電話をとった。
Aさんの近所で近々アクセサリー教室を開くことが今日決まったという。 Aさんは第一期生としてすぐ申し込むことが出来た。

 それって、単なる偶然の連続じゃない?といっているあなた、これはれっきとしたシンクロニシティなんですよ。毎回派手な展開ばかりあるわけではなく、このような 日常の生活の一こまにシンクロニシティがちりばめられているのです。でも、やっぱり単なる偶然よ、とおっしゃる方、確かにあなたの世界ではこれは単なる偶然だと 思います。でも同じ出来事も”シンクロニシティ”だと思ってみてみると人生の見方がもっと面白くなってきます。何らかのつながりがあり、そこには本人の心の深 い部分からの働きかけがある。そしてそれが周りの気を動かし、偶然を装って次々やってくる、というわけです。わたしは2つでも続いたときは、”ハッピー・シン クロ!”と口に出してみたこともあります。そうするとそれが2つで終わらず、次 に何かを呼んでくるなんてことがしょっちゅうでした。それをせかせかと次は何?と待つのではなく、”絶妙なタイミングで目の前に現われる”なんて思っていると もっとわくわくします。あなたの心の奥がある方向に想いを意図するとそちらに強 烈なレーザー光線でもでるのでしょうか、その想いに関連することを引き寄せてしまうのですね。だからちょっと見は”偶然”に見えるけれど、ひとつひとつの事象はま るで串ざし状態のおだんごのように繋がってくるのです。

 「聖なる予言」を書いたジェームス・レッドフィールドは、確か日常と非日常の境目 にあるのがシンクロニシティと言っていた気がします。普段は何も考えずにただ人 生をこなしていた人が、「待てよ、何のために私は生まれたんだろう」なんて基本的 なことを考え出すと、意味のある偶然が織り成すあや模様に気付きだすのですね。そのうちに、シンクロを捕まえるのがうまくなり、見つけると有頂天になります。そしてそのシンクロに必要以上の意味づけをして今度はそれに振り回されてしまう場 合も出てきます。降っても、照っても、何が起きても「なぜだろう?何か深い意 味があるに違いない」となり、「その意味がわかるまでは動けない」、そして「その 意味が繋がった、だからこのハプニングはきっと超特別なことに違いない。」という具合に。物事を複雑にシリアスに考えすぎるとフットワークが軽くなりません。今でも精神世界大好きな人にこういうタイプを見ることがあります。そんなとき、わたしは「気のせいじゃない?」とさっとかわしてしまうことにしています。これって心友の日木流奈くんの得意技。日常にシンクロを探すことは大事ですが、それに とらわれてしまってはかえって全体図が見えなくなるものです。 

 このAさん、中学時代憧れていたけれど、その後社会人になって音信不通だった人と ひょんなことでまた回路が繋がりました。その方は外国駐在のジャーナリスト。その方の書いた本の書評を新聞で見つけ、早速本屋さんで購入。出版社を経由して、その方に手紙が転送され、それを受け取った彼が差出人のAさんを覚えていて、 早速距離を越えたメールの文通も始まりました。なんだかロマンチックなストー リー、これにもっと細かいディテールがつくのでちょっとした”春のソナタ?”くら いになりそうなストーリーです。でも、いくら最近シンクロニシティ探しがうまく なったからといって、相手を”運命の人”と決めてしまうのはどうでしょうか。確 かにシンクロが続くドキドキしてきます。ましてや昔、心をときめかせたことのあ る相手ならなおさら。「これって絶対シンクロニシティですよね、特別ですよね」っ といわれても「どうかなぁ」としか答えられない私。でもこういう勘違いが後に運 命の人だったストーリーになる場合もあるのですから、世の中大変面白いものです。
でも全ての事象は現在進行形、完了形ではないので、今の真実は今にとどめてその延長上にある将来を凍結してしまわないほうがいいようです。

 日常にシンクロニシティを発見する度合いが増えてくると気付くのです、私たちの人生は、そして毎日はシンクロニシティの連続なのだと。 どんな小さなことも実は深 い意味があって、すべてはひとりひとりを成長させるために起きているのだということを。 
でもそのうちシンクロニシティに慣れてくると起こったことへの感謝の想い が薄くなってしまっては残念。ですから、気付いたときは今でも”ハッピー・シンク ロ!”と口の中で反復し、宇宙へ感謝の気持ちをとばしています。そして「芋づる 式に次のシンクロをつれてきて〜」なんて・・・欲張りでしょうか(笑)。

 シンクロしているといえば、私の親しい友人(心友)たちは最近、それぞれ執筆で忙 しいご様子。本田健さんは筆が驚くほど早く、もう「ユダヤ人大富豪の教え」の次 の「スイス人銀行家の教え」(大和書房)が店頭に平積みです。これもわくわくす るケンの青春冒険小説です。こういう本を若いときに読むことが出来たら日本の若 い人たちの未来はもっとダイナミックに明るくなることでしょうね。次はどこの国 の人が登場するかとても楽しみ。「華僑のおじいさん」かしら?
 沖縄の精神科医、越智啓子先生も最近執筆が終わったとか。啓子先生のクリニック ・ストーリーはコミックにもなっているので心の相談の垣根が低くなった気がしま す。 

  啓子先生は沖縄の海の見える仕事場での執筆、本田さんは長野の緑の中での執筆、そしてわたしは箱根の露天で構想を練りました。今やっと初稿が終了し、これ からイラストを入れたりして完成させていくところです。新刊では最近あちこちで お話している「マスタールート」と「プログラムルート」の人生の歩き方の違いをわかりやすくストーリー展開にしています。タイトルはこれから決めることになっていますのでどうぞお楽しみに。

ではまた来月、ハッピー・シンクロ!を沢山楽しみましょう。
 
中野裕弓
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